文明の目的;自然破壊(例;種・整形・携帯・自動車など)





|文明の目的




私がずっと自然にそって考えを進めていく中で分かったことは、文明自身に「意思」があるということです。文明の意思は、自然を破壊しそこに文字や数字に置き換えた世界を作ることだと私自身は考えています。ですから、無理にでも文明は人間を用いてこの世界を作り変えていきます。






|文明のいう美しさ




シンメトリーは美しい?


最近「シンメトリーほど美しい物はない」ということばを良く耳にします。しかし‥私は、「本当にシンメトリーって美しいのだろうか」と思うようになりました。なぜなら、自然の世界には、美しい物と醜い物の区別がないからです。もし、「シンメトリーが美しい」というのが基準になると、大根も人参もリンゴもイチゴもみんな左右対称が美しいことになる。でも、自然でそんなものはめったにない。植物の根っこを見てみるといろんな形があるのが分かる。木の実だっていろんな形がある。


だから、たぶん文明という目に見えない存在が人々に「数少ないシンメトリーという形が一番美しい」っていう価値観を刷り込んだのではないかと思います。それでお店で売られる大根も人参もリンゴもイチゴもみんなシンメトリーで同じ形になってしまったのではないでしょうか。(意図的にそうされたのだが…。食料支配のために)


最近は人の顔形までそうなってきているような気がします。なんか人形みたいで、生き物って感じがしません。シンメトリーで整った顔って自然には少数しかなかったはずなのに…たくさん増えてくると不自然で気持ち悪くもあります。(多くの人は気がつかないでしょうが…)しかも、これには問題点があります。


たとえば、左右対称に整った顔の人は、「美人ね〜」って褒められる‥。しかし、左右対称でない人が多いから‥自分が美人でなくてもそれほど気にならない。しかし、整形などでどんどん顔が整えられていくと、左右対称でない人が少数になり‥。みんなからバカにされたくないという焦りから‥つい整形にはしるかもしれません。そして、どんどん整形が進み…ほとんどの人が左右対称の不自然な顔になり…いつかそれを人々は自然と思い込むのではないかと…。


一つの間違った基準が産んだ悲劇。


結局残された数少ない自然なシンメトリーでない顔も整形で整えられることになってしまうかもしれないなんて!!


↓ちなみに、シンメトリーとは…


 



  シンメトリーとは  


 
「左右対称・反転」「回転」


「平行移動」「拡大・縮小」


を含んだ手法を取り入れた


構成のことを言う




シンメトリーには規則性があり、バランスのよい安定した調和を感じさせます。古代エジプト、ギリシャ、ローマでも左右対称を美とし、教会・宮殿等の建築物から、絵画や彫刻等、様々な作品に取り入れられました。


シンメトリーの中でも最も取り入れやすい手法なので、とりあえず左右対称にしておけばバランスの良い構図となるでしょう。




 

 





|進まない者はけなされる





普及させる方法


携帯を多くの人に普及させる際、携帯を持った人の数が少数だった時は、携帯を持っている人にみんなで「すごいね〜」と言われ、携帯を持っていない人が少なくなると‥携帯を持っている多くの人から「まだ携帯持ってないんだ…」といってけなされるようになります。それで、みんな馬鹿にされたくないので残った少数の人も結局携帯を買うことになります。


この文明社会では、文明の利器を持っているものは「褒められる」が、文明の利器を持っていないものは「けなされる」のです。みんなが持っているものを持っていない人はとても耐えがたい苦しみを負わなければなりません。


こうやって人々は、けなされることを恐れ、自然を捨て文明を進めてきたと言えます。









|文明に逆行すると





周りの人の反応



私の体験です。


自然環境を良くしたいと考えていたころの話ですが…。家の中から要らないものを少しずつ処分していき、自給自足的な生き方をして最後にはパソコンもいらないような生活がしたいと考えていました。そこでまず思ったのは、自家用車を処分し、自転車で生活するということでした。そして、自転車での生活を試しにしてみたのですが…。自動車よりずっと楽なのです。なぜなら、行き先の駐車場の有無を考えなくていいし、店を転々としても‥自転車は小回りが効いて楽に移動できます。


それで、自動車を処分し自転車に乗り換えました。
これで快適な生活ができるよウになりました。


当然‥わたしは、近所の人や父兄の方たちが、私の自転車生活を見て「車なしでも普通に生活できるんだ」と考え自動車を処分するのではないかと思っていたのです。ところが、現実は全く違っていたのです。


まず、子どもが周りの子どもたちに「貧乏人」とからかわれるようになったのです…。環境にいいことを選んでまさか子どもがいじめられるとは予想していなかったので本当に驚きました。しかも、近所の奥さんたちには、「やっぱり車の方がスマートだよね。」とか言うのにもショックでした。


みんな、環境のことあんまり気にしていないんだ…とがっかりしました。


やっぱり、車を持っている人が少数だとみんなから「すごいね〜」って尊敬されるし、車を持っていない人が少数になると「お金ないんだ〜」ってさげすまれます…。


多くの人が、申し合わせすることもないのに自然にこうなるから…。本当にお金がない人は借金しなければならないし…その借金を払うために共働きをしなければなりません。(子どもをほったらかしにしてまでも)ですから文明社会では、お金がない人は、いじめられるか、借金するかしかないのかもしれません。しかも環境を考えて行動しても…みんなの考えるポイントが環境のことより「お金持ちか、貧乏か…」みたいなところだポイントだったら、いつまでたっても環境は良くならないのではないでしょうか?



結局…2台あった我が家の自動車は、0台に。

そして近所では、2台あった自動車が、

3〜4台に増えていました。







|不自然にされる種




現在スーパーなどで普通に売られている野菜のタネは、ほとんどがF1とか交配種と言われる一代限りの雑種(英語ではハイブリッド)のタネだそうです。タネを採っても親と同じ野菜はできず、姿形がメチャクチャな異品種ばかりになってしまいます。タネを買った一代目だけが決められた揃いの良い野菜になるので、毎年高いタネを買わなくてはなりません。


昭和40年頃を境にして、日本中の野菜のタネが、自家採種できず、毎年種苗会社から買うしかないF1種子に変わってしまったのです。


見た目は同じダイコンやハクサイ、キャベツのタネで、できるのも昔と同じようなダイコンやハクサイやキャベツなのですが、実体は、ダイコンともハクサイともキャベツとも言えないものに遺伝子が変化しています。変化した理由の第一は、収穫物である野菜が、工業製品のように均質であらねばならないという市場の要求です。


つまり‥メンデルの法則で、異品種間の雑種の一代目に、両親の優性形質だけが現れるため、見た目が均一になるのです。箱に入れたダイコンの太さが8cm
、長さが38cmというように、どれも規格通り揃うので、一本100
円均一などで売りやすいのです。


日本人の同じ両親の子供でも、太っちょがいたり背高ノッポがいたり小柄な体型がいたりするように、F1以前の昔のダイコンは、同じ品種でも大きさや重さがまちまちでした。そのため、昔は野菜を1貫目いくらとかいちいち秤にかけて売っていました。これでは大量流通に向かないので、工業製品のように規格が揃ったF1野菜に変わっていったのです。


理由の第二は、生育スピードの早さです。生物は、雑種になるとヘテロシス(雑種強勢)という不思議な力が働き、それまで3ヵ月かかって成長していたダイコンが、2ヵ月で一人前になるなど短期間で成長するので、F1のタネを使うと、畑を一年間に何回転も使用でき、単位面積当たりの販売額を上げることができるのです(早く成長する反面、細胞の密度が粗くなり、柔らかく大味になる傾向もありますが)。


F1以前の昔の野菜は、自家採種ができたので、野菜を出荷した後も数カ月タネ採り株に畑を占領されていました。F1は毎年タネを買わないといけないので、収穫が終わればすぐ畑を更新して次の野菜をまくことができます。経済効率最優先の時代に必要な技術革新であったとも言えるでしょう。


このようにF1は、大量生産・大量消費社会の要請で生まれました。


F1作りの方法は、「除雄」という雄しべを人為的に除去する方法から始まり、「自家不和合性」という近親婚を嫌がる性質を利用する技術に発展し、現在は「雄性不稔」という人間にたとえるとインポや無精子症の個体を利用する方法へと刻々変化しています。


家庭内から漬物樽が消え、個食の時代になり、調理の時間がとれない主婦に代わって外食産業が隆盛を極める社会になった現在、野菜市場で流通する野菜の6割以上が外食産業によって購入されているそうです。外食産業にとって、規格どおりのF1
野菜は機械調理に適していて作業効率がいいわけです。また、最近外食産業が、野菜産地や種苗会社に要求する理想の野菜は、「味が無く、菌体量が少なく、生ゴミの発生量が少ない野菜」なんだそうです。「味付けは調味料を使って我々がやる。野菜になまじ味があると、レシピが狂ってしまうから困る」というわけです。こうして、ほとんどの人がまったく知らない間に、日本の野菜が、どんどん変化しているのです。



自然界なら生まれてもすぐに淘汰され消え去ってしまうはずの「花粉をつくれない個体」だけが増やされ、その子孫だけが市場やスーパーに溢れている大衆消費社会とは、いったい何なのでしょう?



上記「野口のタネ・野口種苗研究所 野口勲」氏の文章を参考



文明の考えることは、こんなものです。美しいという基準が自然にないのに…このようにして自然を不自然に作り変えていっています。(人はその流れに抵抗できないまま流されていっています)






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下にCMが表示される場合がありますが、このブログと関係ありません。




 

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  • 2020.03.17 Tuesday
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