「自然も経済も同時に破壊する」という最強の支配システム




|全てを破壊する文明




自然も経済も同時に破壊するシステム



自然は自然に沿っている限り、バランスが取れていつまでもその命と豊かさと美しさを保ちます。しかし、文明に沿っていくと‥何もかもが崩れます。それは、文明が自然を破壊する者だからだと思います。しかし、文明にたより経済に支えられるようになった私たち。文明も自然も無くなっては生きる術がありません。では、自然も経済も同時に破壊するシステムについて下記を読んで考えてください。


以下ビンズヴァンガーの著書より

SALUMERA紙幣発行か?』から転載しました。(見出しはこちらが勝手につけたものです)

 




バイカル湖の魚がいなくなった



ロシアのバイカル湖、湖畔の人々は紙幣がその地方に導入されるまではよい生活を送っていました。日により漁の成果は異なるものの、魚を採り自宅や近所の人々の食卓に供していました。毎日売れるだけの量を採っていたのですそれが‥今日ではバイカル湖の、いわば最後の1匹まで採り尽くされてしまいました。





魚を取り尽くした利子



ある日、紙幣が導入されたからです。それといっしょに「銀行のローン」もやってきて‥漁師たちは、むろんローンでもっと大きな船を買い、さらに効果が高い漁法を採用しました。冷凍倉庫が建てられ、採った魚はもっと遠くまで運搬できるようになりました。そのために対岸の漁師たちも競って、さらに大きな船を買い、さらに効果が高い漁法を使い、魚を早く、たくさん採ることに努めたのです。


「ローンを利子つきで返すためだけ」でも、そうせざるをえま
せんでした。そのため、今日では湖に魚がいなくなりました。
競争に勝つためには、相手より、より早く、より多く魚を採らなくてはなりません。しかし、湖は誰のものでもありませんから、魚が1匹もいなくなっても、誰も責任を感じません。
近代経済、なかでも貨幣経済が自然資源と調和していないことの一例です。


ここで問われるべきは‥
私たちはあたかも短期的利潤のために、おのれの畑を荒らし、土壌を不毛にしている農夫と同じことをしているのではないかということです。



私たちは世界の自然資源が、資源の段階ですでに経済的要因であり、養い育てられなくてはならないことを学ばなくてはなりません。現在大きな利を得ているのは、非良心的な行動をする人たちで、件の農夫のように短期的利潤のために、上地を破壊するような行動が利を得るのです。4年に1度は畑を休ませ、化学肥料を使わず、自然の水利を使ってという責任感の強い農夫は経済的に不利になるのです。

つまり‥
非良心的な行動が褒美を受け、良心的に行動すると経済的に破滅するのがいまの経済システムです。利子が利子を生む複利というものがいかに非現実的なものであるかは、次の例でおわかりいただけると思います。


ヨゼフが息子キリストの誕生のときに、3%の利子で1プフェニヒ(1マルクの100分の1)投資したとします。



そして、ヨゼフが1990年に現れたとすると、地球と同じ重さの黄金の玉を、銀行から13億4000万個、引き出すことができるのです。永久に指数的な成長を続けることが不可能なのは火を見るよりも明らかでしょう。私たちが依って立つ現代の経済システムがいかに荒唐無稽なものであるか、エンデもまたこのヨゼフのたとえ話を対談やインタビューでよく引用していました。





2世代後の悲劇



経済と地球環境の破壊


計算上、遅かれ早かれ、だいたいは2世代後に、経済的な破滅か、地球環境の崩壊かのいずれかへと突きあたります。信じる、信じないの問題ではなく、誰でもコンピューターがあれば計算できることです。そして、国が最大の債務者です。


資金を借金によって調達し、それに対して利子を支払っているわけですから。国は、このシステムによって、最悪の当事者といえます。しかも、多くの国は、今日、個人としてなら銀行から一銭も貨してもらえない局面に立ち至っています。そして、もちろん、もう一方には資産の所有者がいます。このシステムから利益を得ているのは、ほんの一握りです。


今アメリカでは、
人口の1%が、その他の99%よりも多くを所有しています。


つまり、一方でどんどん貧しくなる国があり、自然環境も奪われ続けていきます。その一方で少数のものたちが法外な利益を吸い上げていく。それがいまの経済システムです。既にカウントダウンが始まっていると思われますが、これから終末に向かっていくこの世界が、まず直面するのはお金の問題です。


つまり、ここで弊害が指摘されている「紙幣」が、いまでは「電子マネー」という形で更にその問題性を膨らませつつあるからです。時間の加速現象とあわせて、お金の膨張のスピードもますます速くなり、やがて破裂します。その結果として起こる現象が世界大恐慌ということでしょう。そこまで行けば、終末のカウントダウンの音を多くの人が認識することになります。


では、私たちは何を、どう備えたらよいのでしょうか。いまさらお金(=資金の運用)や物(=食糧などの備蓄)で備えようとしても、問題は解決しません。間に合わないのです

 

 

 



毎年「絶滅危惧種」が増えていますが‥。その理由の一つに、上記のようなローンの返済という‥思いもよらないものが挙げられると思います。私たちが安易に約束したローン返済という重荷。この重荷を少しでも早く下ろそうとするあまり、生き物を必要以上に採って儲けようとしているのではないでしょうか。生き物は生まれて育つまでに時間が必要です。それを待たないで、どんどん採っていては、生き物は減る一方です。



私たちは、戦後‥このローンという罠に陥れられたのではないでしょうか?こんなシステムでは命がどんどん消えていく‥。(絶望的です)





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利息の奴隷: ない物をあると信じた悲劇





|利息の奴隷?




自然に沿って考えれば…  人が自然を所有して売り買いすることが悪い  ということぐらい誰でもわかります。でも、その仕組みを知れば…多くの人がお金の社会が私たちを苦しめ、自然破壊をしていることがより分かりやすくなると思います。昔ぶつぶつ交換をしているときから、お金に変わったころ。利息を取ったりしなかったでしょう。その頃は、まだゆったりとした生活ができたと思います。


しかし、豊かになるために…金貸しの言葉に魅了され…お金を借りると永遠に利息の奴隷にされます。







|本当の豊かさとは




野生の生き物をみると…。


朝。会社に行かない。
食事の支度をしたり片づけたりしない。
また運動するためにフィットネスクラブに通ったりもしない。


朝目覚めて…餌を求めて歩くことに…「働く、食事の準備、食事、片づけ、運動…」のすべてが含まれている。


どれだけ人間ってややこしく生きていんだろう。


私たちは、お金の社会に巻き込まれ…本当の生き方を失ったのかも…。
そして、私たちが住んでいた自然という環境まで…。








|「ないもの」が増える??



 


 
流通しているのは‥


お金ではなく利子



もうだいたいお解かりいただけたかと思いますが、現在流通しているお金はお金ではありません。


何の価値もないただの紙切れを、国家の口約束だけでお金であるというルールを定めて発行したもので、いわば子供銀行で紙に金額を書いて遊んでいるようなものです。ところがこのただの紙切れが、貸し借りをすると利子を生み、まるで生き物の様な振舞いをします。利子は利子を生み理論上永遠に増え続けます。で問題はこの増え続ける利子です。


増えた分の利子はだれが負担してるかというと、ささやかなマイホームを建てたい人とか、ベンチャーの若手企業家、自転車操業でやり繰りしている会社の社長さん
などの方々です。


大企業も例外ではありません、日々要求度が高くなるQC(品質管理)や生産効率改善活動は、この増え続ける紙切れの為に行なわざるを得ないのです。


借り方は借金のある限り奴隷の様に利子を貢がなければなりません、いわんや借金をした上に利益を上げようとすれば、かなりの自己犠牲を強いて仕事をすることになります。この非人間的行為によるストレスは、まずは家庭などの身近なところから、まわり回って社会に反映されます。





 
自然を枯渇していく利子



ご存知の様に地球資源は有限です、ところが借金だけはどんどんと増え続けてしまいます。


この(利子による借金)増加分は、有限な自然資源がただの紙切に変換されるというシステムで賄われていると言っても良いでしょう。現在の貨幣経済が成長を続けれ、有限な自然資源はどんどん枯渇し、ペンペン草も生えない様になるのは自明の理です。


19世紀の経済学者シルビオ.ゲゼルは代表作「自然的経済秩序」で通貨は目減りしなければならないというテーゼを立てて、現在の貨幣経済の根幹を問いました。店主はクレージーな貨幣経済からエスケープして
、人間的な生き方をすることにしました。


といっても仙人ではないので霞を食べて生活するわけにはいきませんが、出来るだけの範囲で紙幣への依存度を減らし、出来るだけの範囲で新しい経済システムへと移行したいと思ってます。



 〜(あべよしひろHPより)店主の一言から〜



 






|先取りはダメ




わたしが思うこと



わたしは、思います。


木には木の時間があり、動物には動物の時間あり‥。虫には虫の時間、菌には菌の時間があると…。だから、時計で刻んで時間を作り、…未来をローンで先取りしてはいけないと思うんです。つまり、ローンがないなら(借金できなかったら)…そんな車買えない。そんな店開けない。そんな家に住めない。などなどです。そして、ローンがなければ…そんなに海は汚れなかった。空は汚れなかった。森も川もきれいだったはずです。ローンがなかったらありえなかったことです。私たち人間には人間の時間があったはずです。


その時間に沿って生きていけたら…こんなありえない文明社会の犠牲にならなかったと思います。そして、私の願いは、所有もなく、お金もなく、境界線もなく、自由にどっからでも採って食べることです。法律を変えるだけでも、私たちが思う以上に自然は回復すると思っています。







|お勧め動画




お勧め動画です。お金の仕組みがよくわかります。
http://www.youtube.com/watch?v=iqlxMp3dR7Q







|お勧めサイト



「お金の歴史」についてまとめた”あべよしひろ”さんの文章です。是非読んでください。
http://www10.ocn.ne.jp/~veeten/yaponesia/shop/kane.html




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地球を破滅に導く 「利子」 の恐怖



以下の記事は‥「誼狼紊鯒北任貌海利子の恐怖」 http://ilikeeveryone.jugem.jp/?eid=135 の続きです。読んでいない方はこちらを読んでから読んでいただければ、さらによく分かると思います。





|お金の罠




◇↓以下は、こちらのブログから転載させていただきました。

「知ってはいけないお金のシステム」
 http://noname-ikoh.blogspot.com/2010/09/munich-germany_23.html




問題の本質は利子


問題の本質は利子にあります。利子付きの借金は、個人レベルでは返済可能でも、社会全体で見れば、絶対に返済不可能なのです。利子とは実態のないお金。現実のお金は利子の分だけ常に足りません。借金を返済することは、数学的に、物理的に、原理的に、絶対的に、不可能なのです。



借金をしていない人にとっては利子なんか関係ないと思う人もいるかもしれません。しかし、残念ながらそれは正しくありません。利子の力はそんなに生易しいものではありません。利子の魔の手からは何人たりとも逃れることはできません。私たちが手にする商品には、利子の値段がたっぷりと含まれているのです。


例えば、会社Aを起業する場合銀行から利子付きの融資を受けます。利子を返すために、商品の値段には、どうしても、製造コストに利子分を加えなければなりません。それはこの会社Aの問題だけではありません。その商品の原材料を作る会社Bも、その原材料を作るために、利子付きで銀行から融資を受けています。


したがって、会社Bが会社Aへ原材料を売るときの値段にも利子分が上乗せされています。製品の製造だけでなく、流通、販売、全ての過程で、利子の分が商品の最終価格に加えられていきます。



それだけではありません。


企業が所有する土地やビルの賃料においても、銀行から融資を受けていた場合、利子は発生します。商品によって差はあるでしょうが、利子は価格の33%(『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』を占めているようです。





強敵は銀行


最強なのは銀行です。なぜなら、利子のおかげで何もせずに利益を得ることができるからです。さらに、銀行には利子以外にも恐るべき力があります。それは信用創造です。信用創造とは、つまり、無からお金を生み出すことです。


銀行は個人又は企業に融資する場合、新たにお金を印刷する必要はありません。ただ、債権者の銀行口座に、例えば「1億円」と記入するだけで、実体のない1億円というお金を創造することができるのです。


別に1億円である必要はありません。100億円でも、1兆円でも、1京円でも構いません。好きな数字を銀行口座に記入するだけで、実態のないお金を創造できるのです。そして、当然のことながら、その実態のないお金の融資にも、あの恐怖の利子がついてきます。



信用創造の場合も、実際にお金を借りる時と同じです。利子分を返済するためには、他人と競争して、他人から奪わなければなりません。利子分が返せなかった場合は、利子分を返済するために、再び借金をしなければなりません。競争に勝って他人からお金を奪うこと、又は、さらなる借金をすること、利子を返済するための方法は、この2つしかありません。


このようにして、利子が利子を生み、信用創造と組み合わさり、返済不可能なお金が無限に増殖していきます。





国家企業(国民)・銀行力関係


ところで、国家、企業(国民)、銀行の力関係はどうなっているのでしょうか?
答えは、強い順に、銀行、企業、国家です。


国家の収入は税金に依存していて、それは企業(国民)から支払われます。企業(国民)が利益を上げなければ、国家は収入を得られません。従って、企業>国家です。一方、企業は起業するときに銀行から利子付きの融資を受けます。他人と競争して、他人から奪い、利子を返済するまでは、企業は銀行の利子という魔の手から逃れることはできませんから、力関係は、銀行>企業です。つまり、力関係は、銀行>企業>国家となります。やはり銀行が最強のようです。


ちなみに、銀行(bank)の語源は、古ゲルマン語のbanki(安楽椅子)です。銀行は利子付きでお金を貸し付けた後は、何もせず、安楽椅子に座って、のんびりしていればいいわけですから、ピッタリの意味です。ちなみに、借金につきものの、抵当(mortgage) は、フランス語のmort (死)とgage (ギャンブル)が組み合わさってできています。


何かを抵当に入れると言うことは、「死のギャンブル」をするということです。何と言う恐ろしい言葉なのでしょう。





不公平な取引


銀行は最強という話に戻りましょう。


とても受け入れ難いことですが、これは実際に起こっている現実です。現在の世界の基軸通貨であるアメリカドルはまさに典型的な例です。アメリカの中央銀行FRBはお金を発行し、アメリカ政府は国債を発行し、お互いにそれを交換します。でもこれは不公平な取引です。なぜなら、国債には利子があるからです。


政府は国債を買ってもらうFRBに国債の利子を支払うために、企業(国民)から税金を徴収しなければなりません。
国民(企業)の血税は、政府がFRB利子を返済するために使われます。しかし、ちょっと待ってください。現実に存在するお金は、利子の分だけ常に足りないはずです。


1回目の利子を返済するためには、政府は中央銀行に再び利子つきの国債を買い取ってもらい、それと引き換えに、お金を手に入れなければなりません。そうすれば1回目の利子分は返済できますが、今度はまた、2回目の利子分の問題が浮上します。どうやって返済するのでしょう。再び利子付きの国債を売るしかありません。


何度も繰り返しますが、世の中に存在するお金より、利子によって増殖した返済されなければならないお金の方が常に多いのです。利子は数学的に返済不可能です。


それはつまり「国債を一度発行するともう後戻りはできない」ということを意味します。つまり、世界最強の権力は、アメリカ政府の大統領ではなく、世界の基軸通貨アメリカドルを発行するアメリカの中央銀行FRBと言うことになります。


FRBは、お金を印刷するだけで利子をいう利益を売ることができます。しかも、今は印刷なんていう面倒なことはしません。コンピュータのキーをピッポッパッと叩き、好きな金額を入力し、最後にリターンキーを押すだけで、無から、好きなだけ、お金を生み出すことができます。いわゆる信用創造です。



この魔法を使い、アメリカは2008のリーマンショックによる損失を埋め合わせるために、建国歴史以来200年かけて印刷してきた量のお金の、倍以上の量お金を無から創造しました。その結果ドルの量は2倍以上になりました(2010年3月時点の話。2011年3月時点で既に3お金が必要な時は好きなだけ無からお金を創造すればいい。


最強の権力だと思いませんか。しかもFRBは国営ではなく民間企業だったりします。世界最強の権力は一部の民間人の手の中にあるのです。こんなことがあってよいのでしょうか。(国営だったらいいというわけではありませんが…)




そうは問屋が卸さない


問屋が卸さないとは、そんな安値では問屋が卸さない、つまり、世の中そんなに甘くない、という意味です。アダムスミスの神の見えざる手の需要と供給の理論を思い出してみましょう。


供給(お金の印刷)が増えればその価値は下がります。
供給量が2倍以上に増えたドルは、原理的に1/2以下に減価しなければなりません。
今、原理的にという言葉を使いましたが、これは数学の様に、絶対的という意味です。仮説ではありません。
量が増えれば価値が減るというのは、仮説ではなく、原理です。
量が増えて価値が上がるということは絶対にありません。
量が増えれば、その価値は下がるのです。


でも、まあ、原理とか、需要と供給とか、利子とか、信用創造とか、難しい言葉は、横に置いておいて、単純に、直感的に、感覚的に、倫理的にお金が必要だから印刷します、というのはおかしいのではないでしょうか。お金は一生懸命に働いて稼ぐものだと思います。問屋的に、いつまでもこのような状況が持続可能だとは思えません。




2つの問題


問屋的には2つの問題があります。


1つは、ドルの量がこのまま増え続けるとその価値が減り、いずれは無価値になるということです。供給の量が増えれば増えるほどその価値は下がるという原理に基づいて考えると「ドルを無限に印刷すると最終的にドルはただの紙切れになる」という結論になります。ただの紙切れでは何も買えません。そうは問屋が卸しません。


もう1つは、恐ろしい話ですが、地球滅亡の話です。滅亡の原因を一言で言うと「利子」です。利子がある限り、前述のように、無限の経済成長が強制されます。利子を返済するためには、業務を効率化し、他人と競争し、経済成長し続けなければなりません。たとえそれが、非人道的な労働環境であっても、地球環境を破壊することになったとしても、利子がある限り、無限に経済成長しなければなりません。


しかし、「無限」の経済成長など可能なのでしょうか、この「有限」の地球で。がん細胞の例えがわかりやすいでしょう。

生物の個体は有限です。有限の個体は、常に新しい分子を取り込み、古い分子を捨てることで、動的平衡状態を保っています。これはホメオスタシス(恒常性)とも言います。しかし、がん細胞はこのホメオスタシスを破壊します。


有限の個体の中に無限に増殖するがん細胞はあってはならないのです。がん細胞は「無限の経済成長」と「無限の利子」に、生物の個体は「有限の地球」に、それぞれ該当します。





利子がもたらした悲劇



最後の一匹まで採り尽くされたバイカル湖


エンデはこの問題の本質に気がついていました。エンデは『エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」』の中で、実例を次の様に語っています。↓紙幣発行が何をもたらしたのか?一つの実例が、ビンズヴァンガーの著書に出ています。


たしかロシアのバイカル湖だったと思いますが、その湖畔の人々は紙幣がその地方に導入されるまではよい生活を送っていたと言うのです。日により漁の成果は異なるものの、魚を採り自宅や近所の人々の食卓に供していました。毎日売れるだけの漁を採っていたのです。


それが今日ではバイカル湖の、いわば最後の一匹まで採り尽くされてしまいました。どうしてそうなったかというと、ある日、紙幣が導入されたからです。



それといっしょに銀行のローンもやってきて、漁師たちは、むろんローンでもっと大きな船を買い、さらに効果が高い漁法を採用しました。冷凍倉庫が建てられ、採った魚はもっと遠くまで運搬できるようになりました。そのために対岸の漁師たちも競って、さらに大きな船を買い、さらに効果が高い漁法を使い、魚を早く、たくさん採ることに努めたのです。


ローンを利子付きで返すためだけでも、そうせざるを得ませんでした。そのため、今日では湖に魚がいなくなりました。競争に勝つためには相手より、より早く、より多くの魚を採らなくてはなりません。しかし、湖は誰のものでもありませんから、魚が一匹もいなくなっても、誰も責任を感じません。


これは、一例に過ぎませんが、近代経済、なかでも貨幣経済が自然資源と調和していないことがわかります。」これは、湖畔の小さな村のお話ですが、有限の湖を有限の地球に置き換えても、結局は同じになるでしょう。


地球が有限である限り、無限の経済成長は不可能です。にもかかわらず、この世界には利子があります。利子によって自動的に競争が強制されます。そして、この競争が強制される限り、行き着く先は、必ず破滅です。これを避けることは原理的に不可能です。数学的にありえません



 







|自然は有限ではない




文明に頼るから無限が有限になる


自然は有限だとここに書いてあります。今ように、生き物を売り買いして、効率をめざしてお金で機械を買うのですから…有限になるのは当然です生き物には、それぞれ速さがあります。3日で成長するもの何百年かけて成長するものと。しかし、文明は、自然の速さを無視して文明の速さに合わせようとします。それがいけないんだと思います。


私たちが文明に頼らないなら…自然の中に食べ物は無限にありました。しかも、お金が要らないので、自分の好きなだけ食べれました。だれも商売していないので…効率を上げると言う発想すらありません。ですから、自然に沿っている限り、自然は無限といっていい世界でした。私たちは、地球が有限だと思っていますが…本当は、有限になるような生き方をしていると言ったほうが正しいと思います。生き方を変えれば…すぐそこに無限の世界があるのです…。(知恵も知識も火も道具もなしで無限に広がる世界が…)







|お勧め動画




物々交換から支配の道具にもなっていくお金。子ども用と言うより、子どもの話すように、分かりやすく工夫されています。是非是非見てください。学校でこのことを教えてくれません。




 ↓お金の問題点 







 ↓お金の問題点◆






  ↓お金の成り立ち  







 ↓お金の成り立ち◆ 







 ↓お金の成り立ち  







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誼狼紊鯒北任貌海 「利子」 の恐怖



わたしは、以下の文章を読むまで … お金の仕組みを良く知りませんでした。でも、これを読んで本当に良かったと思います。 とてもよくわかりやすく書いています。 ぜひ最後まで読んでください。





|お金の奴隷化





誰も知らないお金の仕組み


↓以下は、こちらのブログから転載させていただきました。
「知ってはいけないお金のシステム」
 http://noname-ikoh.blogspot.com/2010/09/munich-germany_23.html




巧妙な銀行家と素直すぎる村人



支配の始り
 


むかしむかしあるところに、みんなで協力しながら、物々交換によって、幸せに暮らしている、人口100人の村がありました。 ある日その村に、銀行家がやって来て、人々にお金の導入を提案しました


「物々交換だと、何にどれくらいの価値があるかが曖昧だし、交換する時にいつも実物を持っていなければいけないし、食べ物は時とともにどんどん劣化していくけれど、お金を使えば全て解決します。なぜならお金には、 価値の尺度、交換の手段、価値の貯蔵、 という3つの機能があるからです」と銀行家は言いました。


人々は銀行家の提案に賛成しました。
そこで銀行家は、100人の村人1人につき100万円ずつお金を貸してあげました。1年後10%の利子をつけて銀行家に返すという約束で。つまり、1年後には1人あたり110万円を銀行家に返すという約束です。


人々はお金というものが何なのかを全く知らなかったため、利子 というものについて何も疑うことはありませんでした。貸してもらえるのだからそのお礼として借りた分より多めに返すということを当たり前だと思ってしまいました。 自明のことを自明にしてしまったのです。


1年後、再び銀行家が村に戻って来た時、 Aさん はこの1年で20万円の利益を上げ 総資産が 120万円 になっていたので、銀行家に110万円のお金を返し 手元に10万円 が残りました。一方、Bさんはこの1年で 20万円 の損失が出てしまったため 80万円 しか返すことができませんでした。


次の1年用に Aさんは 銀行から もう一度100万円 を借りました。Bさんは次の 1年用 の1 00万円 に加え、昨年に返せなかった分の 20万円 をひとまず返済するための 20万円 も借りました。


つまり、 Bさんは、2年目に 120万円 を銀行家から借りました。村の中にはAさんの様な人やBさんの様な人がたくさんいました。そして、同じことが毎年繰り返されていきました。 気がつくと村は Aさんのような 勝ち組 とBさんのような 負け組 の真っ二つに別れていました。



そして、銀行家の手元には 利子 による働かずに手にした莫大なお金が転がり込んでいました。






なぜ、こんなことに?
 


その答えは 利子 にあります。もう一度最初の条件を思い出してください。 村には 100人 の人がいて銀行家は 1人 につき 100万円 のお金を貸しました。 つまり、村全体で見ると 100人×100万円=1億円 のお金が村に貸されたことになります。


しかし、銀行家はお金を貸す代わりに10%の利子を要求していたので、村全体として1年後には、 1億円の元手に1000万円 ( =1億円×10% ) の利子分を追加して銀行家に返済しなければなりません。


しかし、よく考えてみてください。借りたお金は1億円なのに返すお金は 11000万円 です。 1000万円分 足りません。村に出回っているお金は 1億円 しかないので、利子分の 1000万円 は、どうやっても返すことができません。これは 最初から返済不可能な取引 だったのです。


お金を借りてから 1年後 、Aさんの手元には 10020120万円 があり、Bさんの手元には 100
2080万円 がありました。
Aさんの +20万円 は、無から発生したわけではありません。


実は、Bさんから奪ったものだったのです。
村に出回っているお金の量は限られています。利益は無からは発生しません。
誰かの利益は誰かの損失です。利益の裏には必ず犠牲があります。椅子取りゲーム のようなものです。



人間の数よりも椅子の数の方が常に少ないのです。誰かが椅子に座ると、必ず誰かがはじき出されてしまいます。この村にお金が導入される前は、人々はお互いに「協力」しながら暮らしていましたが、お金が導入されてからは、お互いに 「競争」 するようになりました。


利子を返済するためには利益を得なければなりません
。しかし、その利益を得るためには、業務を効率化 して、他人との 「競争」 に勝たなければなりません から、大変です。



どんなに疲れていても、休んでいる暇はありません。 自分が休んでいる間に、ライバルに出し抜かれてしまうかもしれません。
利子を返済するためには、走り続けなければなりません。 決して歩いてはならないのです。業務を効率化し続け、利益を上げ続け、事業を成長させ続けなければなりません。


止まることは決して許されません。止まることは敗北を意味します。 人々の顔からは笑顔が消え、心からはゆとりが消えてしまいました。
この村では何かが間違っているようです。 しかし、何が間違っているのかは、誰も気がつきませんでした。ただ1人、銀行家を除いては。  ( この続きは ⇒ 驚狼紊鯒北任貌海『利子』の恐怖」 )

 






 
 
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